し しまづよしひさ【島津義久】とは しまづよしひさ【島津義久】とは|一般用語(1533-1611) 安土桃山時代の武将。貴久の長男。号,竜伯。父の遺業を継ぎ九州全土をほぼ統一。1587 年豊臣秀吉の軍門に降り,薩摩・大隅 2 国を安堵された。https://kabu-watanabe.com/glossar 2026.01.01 し一般
し しまづやすじろう【島津保次郎】とは しまづやすじろう【島津保次郎】とは|一般用語(1897-1945) 映画監督。東京生まれ。徹底した写実主義で,戦前トーキー映画の巨匠。代表作「嵐の中の処女」「隣の八重ちゃん」「白鷺」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/1 2026.01.01 し一般
か 管端防食継手(かんたんぼうしょくつぎて)(screw-type fitting with inside core to prevent corrosion of steel pipe end)とは 管端防食継手(かんたんぼうしょくつぎて)(screw-type fitting with insidecore to prevent corrosion of steel pipe end)とは樹脂ライニング鋼管の管端の切断部の腐食を防止するために、継手内部にプラスチックの 2026.01.01 か設備
し しまづひさもと【島津久基】とは しまづひさもと【島津久基】とは|一般用語(1891-1949) 国文学者。鹿児島県生まれ。東大教授。著「近古小説新纂」「義経伝説と文学」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/12si/4181.html 2026.01.01 し一般
し しまづひさみつ【島津久光】とは しまづひさみつ【島津久光】とは|一般用語(1817-1887) 幕末・維新期の政治家。薩摩の人。斉彬の異母弟。藩主忠義の父として藩政の実権を握り,寺田屋で尊攘派を弾圧。生麦事件をひきおこした。禁門の変以後,公武合体派の主柱。https://kabu-watanabe.co 2026.01.01 し一般
し しまづなりあきら【島津斉彬】とは しまづなりあきら【島津斉彬】とは|一般用語(1809-1858) 江戸末期の薩摩藩主。1851 年異母弟久光をおさえて藩主となる。短期間に反射炉や軍艦を造り,紡績機械を積極的に輸入した。将軍継嗣問題では一橋派に属した。https://kabu-watanabe.com/g 2026.01.01 し一般
し しまづただよし【島津忠義】とは しまづただよし【島津忠義】とは|一般用語(1840-1897) 幕末の薩摩藩主。久光の長男。開成所を創設,藩の近代化を進めた。王政復古に尽力。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/12si/4178.html 2026.01.01 し一般
さ 先物(先物取引)(さきもの(さきものとりひき))(金融関連用語)とは 先物(先物取引)(さきもの(さきものとりひき))とは|不動産用語将来の一定時期に現実の受渡しをする条件のもとで売買し、受渡しまでの間に反対売買(転売または買い戻し)をしたときには差金の授受で決済することができる取引が「先物取引」であり、そのような取引の対象となる商品等を「先物 2026.01.01 さ不動産
し しまづたかひさ【島津貴久】とは しまづたかひさ【島津貴久】とは|一般用語(1514-1571) 戦国時代の武将。薩摩・大隅 2 国を統一。また,日向(ひゆうが)平定に尽くす。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/12si/4177.html 2026.01.01 し一般
し しまづたい【島伝い】とは しまづたい【島伝い】とは|一般用語島から島へ渡って行くこと。「―に北上する」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/12si/4176.html 2026.01.01 し一般