き 基準極性電流形地絡方向継電器試験(きじゅんきょくせいでんりゅうがたちらくほうこうけいでんきしけん)(test of reference polarity current type ground directional relay)とは
し 使用前自主検査と保安体制(しようまえじしゅけんさとほあんたいせい)(before using independent inspection and safety inspection requlation)とは
は はせがわへいぞう【長谷川平蔵】とは はせがわへいぞう【長谷川平蔵】とは|一般用語(1745-1795) 江戸中期の幕臣。御先手弓頭・火付盗賊改。老中松平定信の命で石川島人足寄場建設を建議。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/26ha/2068.html 2026.04.05 は一般
は はせがわにょぜかん【長谷川如是閑】とは はせがわにょぜかん【長谷川如是閑】とは|一般用語(1875-1969) 評論家。東京生まれ。東京法学院卒。大正デモクラシー期に新聞記者として民主主義的論説を展開。のち大山郁夫らと雑誌「我等」を刊行しリベラリストとして活躍。戦後幅広い文筆活動を続けた。https://kab 2026.04.05 は一般
は はせがわとしゆき【長谷川利行】とは はせがわとしゆき【長谷川利行】とは|一般用語(1891-1940) 洋画家。京都生まれ。上京してフォービスム風の奔放な独自の画境で下町風景を描いた。詩もよくした。代表作「新宿風景」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/26ha/ 2026.04.05 は一般
は はせがわとうはく【長谷川等伯】とは はせがわとうはく【長谷川等伯】とは|一般用語(1539-1610) 安土桃山時代の画家。能登の人。独自の日本的水墨画様式を展開。また,装飾的な金碧障壁画も描き,長谷川派を形成し狩野派に対抗した。代表作「松林図屏風」「枯木猿猴図」https://kabu-watanabe. 2026.04.05 は一般
は はせがわてんけい【長谷川天渓】とは はせがわてんけい【長谷川天渓】とは|一般用語(1876-1940) 評論家・英文学者。新潟県生まれ。東京専門学校卒。雑誌「太陽」の編集に従事。ありのままの現実をとらえる「無思想」「無解決」の態度を説き,明治期の自然主義文学の推進者となった。評論「自然主義」など。https 2026.04.05 は一般
は はせがわてる【長谷川テル】とは はせがわてる【長谷川テル】とは|一般用語(1912-1947) エスペランティスト。反戦活動家。山梨県生まれ。1937 年上海に渡り,武漢・重慶で日本兵向け反戦放送に携わる。著「嵐の中のささやき」「戦う中国で」https://kabu-watanabe.com/gloss 2026.04.05 は一般
は はせがわたもつ【長谷川保】とは はせがわたもつ【長谷川保】とは|一般用語(1903-1994) 社会事業家。静岡県生まれ。キリスト教信仰に立ち,医療から福祉・教育を含む聖隷福祉事業団を浜松に築く。また,衆議院議員として福祉関係諸法の立法・整備に尽力した。https://kabu-watanabe.com 2026.04.05 は一般
は はせがわしん【長谷川伸】とは はせがわしん【長谷川伸】とは|一般用語(1884-1963) 小説家・劇作家。横浜生まれ。本名,伸二郎。雑誌「大衆文芸」などに股旅物などの小説・戯曲を多数発表。大衆文芸の隆盛をまねいた。戯曲「瞼の母」「一本刀土俵入」など。https://kabu-watanabe.com 2026.04.05 は一般
は はせがわしろう【長谷川四郎】とは はせがわしろう【長谷川四郎】とは|一般用語(1909-1987) 小説家。北海道生まれ。牧逸馬の弟。法大卒。シベリア抑留体験に取材した作品やデュアメルの翻訳で知られる。代表作「シベリア物語」「鶴」https://kabu-watanabe.com/glossary/ipp 2026.04.05 は一般