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すがわらのみちざね【菅原道真】とは

すがわらのみちざね【菅原道真】とは|一般用語(845-903) 平安前期の学者・政治家。菅公・菅丞相(しようじよう)と称される。宇多・醍醐両天皇に重用され,右大臣に至る。901 年藤原時平の讒訴(ざんそ)により大宰権帥に左遷,翌々年配所で没した。没後学問の神,天満天神としてま

すがわらのふみとき【菅原文時】とは

すがわらのふみとき【菅原文時】とは|一般用語(899-981) 平安中期の学者。道真(みちざね)の孫。菅三品と称される。文章博士・従三位。大江朝綱と並ぶ当代の高才で,その詩文は「和漢朗詠集」「本朝文粋」などに見える。954 年村上天皇に「意見封事三箇条」を提出。https

すがわらのたかすえのむすめ【菅原孝標女】とは

すがわらのたかすえのむすめ【菅原孝標女】とは|一般用語(1008?-?) 平安中期の歌人。母は,藤原道綱母の異母妹。30 歳頃祐子内親王に出仕。橘俊通と結婚。死別後「更級日記」を著す。「夜半の寝覚」「浜松中納言物語」の作者ともいわれる。https://kabu-watan

すがわらのこれよし【菅原是善】とは

すがわらのこれよし【菅原是善】とは|一般用語(812-880) 平安前期の学者。清公(きよとも)の子。道真(みちざね)の父。菅相公と称された。参議。「文徳実録」の編纂(へんさん)に参画。その著「東宮切韻」「集韻律詩」,詩集「菅相公集」はいずれも伝存しない。https://

すがわらのきよとも【菅原清公】とは

すがわらのきよとも【菅原清公】とは|一般用語(770-842) 平安前期の学者。名は「きよぎみ」「きよただ」とも。「凌雲集」「文華秀麗集」の撰者の一人。804 年空海・最澄らと入唐,翌年帰国。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan

すがわらでんじゅてならいかがみ【菅原伝授手習鑑】とは

すがわらでんじゅてならいかがみ【菅原伝授手習鑑】とは|一般用語人形浄瑠璃の一。時代物。竹田出雲・並木千柳・三好松洛・竹田小出雲合作。1746 年初演。菅原道真(みちざね)の配流を軸に,武部源蔵の忠義,三つ子の兄弟梅王・松王・桜丸の悲劇を配する。https://kabu-w

スカロン【Paul Scarron】とは

スカロン【Paul Scarron】とは|一般用語(1610-1660) フランスの劇作家。ビュルレスク(滑稽もの)の代表者。詩集「ビュルレスク詩集」,小説「芝居物語」,戯曲「ジョド」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/

すが・れる【尽れる・末枯れる】(動下一)とは

すが・れる【尽れる・末枯れる】(動下一)とは|一般用語(1)草木などが,冬が近づいて枯れはじめる。(2)盛りがすぎて衰えはじめる。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/13su/0862.html

スカルラッティ【Scarlatti】とは

スカルラッティ【Scarlatti】とは|一般用語(1)〔Alessandro S.〕(1660-1725) イタリアの作曲家。17 世紀バロック-オペラを継承し,初期ナポリ派オペラの代表者となった。作品は,オペラのほか,カンタータやミサ曲など。(2)〔Domenico S.

スカルプチャー【sculpture】とは

スカルプチャー【sculpture】とは|一般用語彫刻。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/13su/0860.html
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