うたくこつ【烏啄骨】とは

うたくこつ【烏啄骨】とは|一般用語⇒烏口骨(うこうこつ)https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/03u/0887.html

うたき【御岳】とは

うたき【御岳】とは|一般用語沖縄地方で,ムイ・ウガン・オンなどと呼ばれる聖地の総称。多くは村の信仰の中心となる聖域で村の祭りが催され,神女(のろ)が祈願する。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/03u/0886.html

うだがわようあん【宇田川榕庵】とは

うだがわようあん【宇田川榕庵】とは|一般用語(1798-1846) 江戸後期の蘭学者。江戸の人。名は榕。榛斎の養子。「厚生新編」の訳業にも参加し昆虫学の分野を担当。著「舎密開宗」「植学啓原」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ipp

うたがわひろしげ【歌川広重】とは

うたがわひろしげ【歌川広重】とは|一般用語(1797-1858) 江戸後期・幕末の浮世絵師。号,一立斎。江戸の人。歌川豊広(?-1829)に師事。美人画や役者絵を描いたが,のち,洋画の遠近透視法を応用した斬新な風景版画に新生面を開き,「東海道五十三次」「名所江戸百景」などの名

うたがわは【歌川派】とは

うたがわは【歌川派】とは|一般用語浮世絵の一流派。歌川豊春を祖とし,美人画・役者絵の名手豊国らによって画風をかため,国政(1773-1810)・国芳(1797-1861)へと受け継がれた。広重もこの流れを汲む。明治以後も月岡芳年から水野年方・鏑木清方・伊東深水へと画系は継承さ

うたがわとよひろ【歌川豊広】とは

うたがわとよひろ【歌川豊広】とは|一般用語(?-1829)江戸後期の浮世絵師。江戸の人。号は一柳斎。豊春の門人。歌川広重の師。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/03u/0882.html

うたがわとよはる【歌川豊春】とは

うたがわとよはる【歌川豊春】とは|一般用語(1735-1814) 江戸後期の浮世絵師。名は昌樹。号は一竜斎。京で狩野派を学んだのち,江戸で浮世絵師となる。遠近法を用いた浮き絵や美人画にすぐれた。歌川派の祖。https://kabu-watanabe.com/glossar

うたがわとよくに【歌川豊国】とは

うたがわとよくに【歌川豊国】とは|一般用語(1)(初代)(1769-1825) 江戸後期の浮世絵師。江戸の人。号,一陽斎。歌川派の祖歌川豊春(1735-1814)に師事。美人画から役者絵に転じて歌川派独特の似顔絵を開拓し一世を風靡(ふうび)。(2)(2 代)(1777-183

うだがわしんさい【宇田川榛斎】とは

うだがわしんさい【宇田川榛斎】とは|一般用語(1769-1834) 江戸後期の蘭医。伊勢の人。字(あざな)は玄真。初め漢方を学び,のち宇田川玄随に師事,養子となる。幕府の天文翻訳方として「厚生新編」(ショメール百科全書)の訳出にあたる。https://kabu-watan

うたがわし・い【疑わしい】(形)とは

うたがわし・い【疑わしい】(形)とは|一般用語(1)確かだとは思えない。信じがたい。「その説は―・い」(2)どうなるかわからない。不確実である。「成功するかどうか―・い」(3)怪しい。不審だ。「挙動の―・い男」https://kabu-watanabe.com/gloss
スポンサーリンク