おおつきげんたく【大槻玄沢】とは

おおつきげんたく【大槻玄沢】とは|一般用語(1757-1827) 江戸中・後期の蘭医・蘭学者。陸奥一関の人。名は茂質(しげたか),号は磐水。杉田玄白・前野良沢に学ぶ。芝蘭(しらん)堂を開き蘭学教育にあたる。主著「蘭学階梯」「重訂解体新書」https://kabu-wata

おおつき【大月】とは

おおつき【大月】とは|一般用語山梨県東部の市。近世,甲州街道の宿場町。古くから甲斐絹(かいき)を産出。奇橋,猿橋がある。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/0897.html

おおつかやまこふん【大塚山古墳】とは

おおつかやまこふん【大塚山古墳】とは|一般用語(1)福島県会津若松市一箕町にある前方後円墳。全長 90m。会津大塚山古墳。(2)京都府相楽郡山城町椿井(つばい)にある前方後円墳。全長 185m。古墳時代初期の中心的な古墳とされる。椿井大塚山古墳。https://kabu-

おおつかやのすけ【大塚弥之助】とは

おおつかやのすけ【大塚弥之助】とは|一般用語(1903-1950) 地質学者。東京生まれ。東大教授。新生代の地質構造研究に画期的な業績を残す。地震学にも貢献。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/0895.html

おおづかみ【大掴み】とは

おおづかみ【大掴み】とは|一般用語物事をおおざっぱにとらえること。「問題を―に整理する」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/0894.html

おおつかひさお【大塚久雄】とは

おおつかひさお【大塚久雄】とは|一般用語(1907-1996) 経済史学者。京都府出身。東大教授。マックス=ウェーバーやマルクスの研究を通じて,ヨーロッパの近代経済形成を独立自営農民層の発展に求める大塚史学を確立。著「近代欧州経済史序説」「共同体の基礎理論」https:/

おおつかさいかちどいせき【大塚歳勝土遺跡】とは

おおつかさいかちどいせき【大塚歳勝土遺跡】とは|一般用語横浜市都筑区にある弥生中期の環濠集落と墓地。竪穴住居と倉庫を囲む環濠と方形周溝墓群から成る。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/0892.html

おおつかくすおこ【大塚楠緒子】とは

おおつかくすおこ【大塚楠緒子】とは|一般用語(1875-1910) 女流小説家・歌人。東京生まれ。本名,久寿雄。厭戦詩「お百度詣(もうで)」,小説「晴小袖」「空薫(そらだき)」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/

おおつかきんのすけ【大塚金之助】とは

おおつかきんのすけ【大塚金之助】とは|一般用語(1892-1977) 経済学者・思想史家。東京生まれ。一橋大教授。日本資本主義発達史講座の経済思想史を執筆。著「解放思想史の人々」などのほか,歌集「人民」などがある。https://kabu-watanabe.com/glo

おおつえ【大津絵】とは

おおつえ【大津絵】とは|一般用語元禄(1688-1704)頃,大津の追分(おいわけ)辺りで売り出されて流行した,仏像・民間信仰・伝説などを描いた絵。追分絵。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/0889.html
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