みえ【見え・見栄・見得】とは

みえ【見え・見栄・見得】とは|一般用語〔「見栄」「見得」は当て字〕(1)見た目。外見。みば。「―を飾る」(2)うわべ・外見を実際よりよく見せようとする態度。「―を張る」(3)歌舞伎の演技・演出の一。劇的感情が高まったとき,俳優が,一時その動きを静止してポーズをとること。━も外

みうり【身売り】とは

みうり【身売り】とは|一般用語(1)身の代金を受け取って,約束の年季の間勤め奉公すること。多く娼妓についていう。(2)権利・施設などを他人に譲渡すること。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/32mi/0069.html

みうらよしむら【三浦義村】とは

みうらよしむら【三浦義村】とは|一般用語(?-1239) 鎌倉初期の武将。義澄の子。開府以来の重臣。評定衆。一族の和田義盛を滅ぼし,公暁を討ち,承久の乱に北条泰時に従って忠誠を尽くした。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/32

みうらよしずみ【三浦義澄】とは

みうらよしずみ【三浦義澄】とは|一般用語(1127-1200) 鎌倉初期の武将。義明の子。源頼朝の挙兵に父とともに応じ,各地に転戦して平家追討に功をたてた。開府以来の重臣。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/32mi/0067

みうらよしあき【三浦義明】とは

みうらよしあき【三浦義明】とは|一般用語(1092-1180) 平安末期の武士。相模三浦の人。大介と称す。頼朝の挙兵に応じたが平家方の畠山重忠に三浦衣笠城を包囲され,子の義澄らを脱出させて戦死。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippa

みうらやすむら【三浦泰村】とは

みうらやすむら【三浦泰村】とは|一般用語(?-1247) 鎌倉中期の武将。義村の子。評定衆。執権北条時頼・安達景盛と対立,一族と源頼朝の法華堂に立てこもり北条軍と応戦したが敗死(宝治合戦)。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/

みうらひろゆき【三浦周行】とは

みうらひろゆき【三浦周行】とは|一般用語(1871-1931) 法制史学者。松江市生まれ。京大教授。中世武家社会研究を中心に業績を残す。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/32mi/0064.html

みうらはんとう【三浦半島】とは

みうらはんとう【三浦半島】とは|一般用語神奈川県南東部,相模湾と東京湾とを分かつ半島。沿岸に横須賀・浦賀・三崎などの良港がある。西岸は湘南(しようなん)海岸の一部。中世,三浦氏が拠(よ)った地。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippa

みうらばいえん【三浦梅園】とは

みうらばいえん【三浦梅園】とは|一般用語(1723-1789) 江戸中期の思想家。儒学と洋学の思想を調和させて宇宙の構造を説明する条理学を提唱。著「玄語」「贅語(ぜいご)」「敢語」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/32

みうらちょら【三浦樗良】とは

みうらちょら【三浦樗良】とは|一般用語(1729-1780) 江戸中期の俳人。志摩国鳥羽の人。俳風は淡雅。句集「白頭鴉(しらががらす)」「樗良発句集」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/32mi/0061.html
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