とくがわむせい【徳川夢声】とは

とくがわむせい【徳川夢声】とは|一般用語(1894-1971) 漫談家。島根県生まれ。本名福原駿雄。赤坂葵館・新宿武蔵野館の主任弁士。トーキー後は俳優・声優に転じ,ラジオの朗読に新境地をひらいた。https://kabu-watanabe.com/glossary/ipp

とくがわみつくに【徳川光圀】とは

とくがわみつくに【徳川光圀】とは|一般用語(1628-1700) 江戸前期の水戸藩主。頼房の三男。幼名千代松。字(あざな)は子竜,号は梅里(ばいり)。諡号,義公。世に水戸黄門とも。大義名分を重んじて儒学を奨励,彰考館を設けて俊才を招き,「大日本史」を編纂。希代の名君と賞され「

とくがわひでただ【徳川秀忠】とは

とくがわひでただ【徳川秀忠】とは|一般用語(1579-1632) 江戸幕府第 2 代将軍(1605-1623)。家康の三男。幼名長松,のち竹千代。大坂両度の陣に出陣,家康の遺命を守って,諸法度の制定・キリシタン禁圧など幕府草創期の基礎を固めた。https://kabu-w

とくがわびじゅつかん【徳川美術館】とは

とくがわびじゅつかん【徳川美術館】とは|一般用語名古屋市東区にある美術館。財団法人徳川黎明会が 1935 年(昭和 10)に開設。尾張徳川家の「大名道具」を収蔵・展示する。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/20to/1848

とくがわばくふ【徳川幕府】とは

とくがわばくふ【徳川幕府】とは|一般用語⇒江戸幕府(えどばくふ)https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/20to/1847.html

とくがわのぶやす【徳川信康】とは

とくがわのぶやす【徳川信康】とは|一般用語(1559-1579) 戦国時代の武将。家康の嫡出長男。織田信長の娘を娶り,岡崎城主。信長から武田氏通謀の嫌疑をかけられ家康の命により二俣城で自刃。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/

とくがわなりあき【徳川斉昭】とは

とくがわなりあき【徳川斉昭】とは|一般用語(1800-1860) 江戸末期の水戸藩主。治紀の三男。字(あざな)は子信,号は景山・潜竜閣。諡号,烈公。弘道館の設立,兵制改革などの藩政改革を行い,幕政参与となったが,井伊直弼と対立,安政の大獄で蟄居(ちつきよ)させられた。ht

とくがわつなよし【徳川綱吉】とは

とくがわつなよし【徳川綱吉】とは|一般用語(1646-1709) 江戸幕府第 5 代将軍(1680-1709)。家光の四男。幼名徳松。母(桂昌院)は本庄氏。上野館林 15 万石の領主。4 代将軍家綱の養子となり将軍職を継いだ。文治主義の政治を展開,その後,側用人柳沢吉保を登用

とくがわつなしげ【徳川綱重】とは

とくがわつなしげ【徳川綱重】とは|一般用語(1644-1678) 江戸前期の大名。家光の三男。家宣の父。幼名長松麿。通称甲府殿。甲府 25 万石領主。5 代将軍就任を図ったが,大老酒井忠清に阻まれた。https://kabu-watanabe.com/glossary/i

とくがわただなが【徳川忠長】とは

とくがわただなが【徳川忠長】とは|一般用語(1606-1633) 江戸初期の大名。幼名国松。通称駿河大納言。将軍秀忠の三男。駿府 55 万石の大名だったが,兄の将軍家光と不和になり,改易後上野高崎城で自刃させられた。https://kabu-watanabe.com/gl
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