おかだためちか【岡田為恭】とは

おかだためちか【岡田為恭】とは|一般用語(1823-1864) 幕末の復古大和絵の中心画家。京都の人。狩野永泰の子。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/1405.html

おかだたけまつ【岡田武松】とは

おかだたけまつ【岡田武松】とは|一般用語(1874-1956) 気象学者。千葉県生まれ。東大卒。中央気象台長。気象観測事業の基礎を築いた。著「日本気候論」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/1404.html

おがたたけとら【緒方竹虎】とは

おがたたけとら【緒方竹虎】とは|一般用語(1888-1956) ジャーナリスト・政治家。山形県生まれ。早大卒。朝日新聞副社長。第二次大戦後,国務大臣。吉田茂のあとを受け自由党総裁。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/05o/1

街路樹(がいろじゅ)とは

街路樹(がいろじゅ)とは|造園用語英語:street tree並木の一種で市街地の道路に植栽されている樹木。街路樹の歴史は古く、紀元前10世紀ごろにはエジプト、西方アジアの主要都市の道路に植栽されていたといわれている。わが国では、7世紀ごろ東大寺の僧呂

おかださぶろうすけ【岡田三郎助】とは

おかださぶろうすけ【岡田三郎助】とは|一般用語(1869-1939) 洋画家。佐賀県生まれ。黒田清輝らの影響を受け,白馬会の創立に参加。渡仏しコランに師事。帰国後,東京美術学校で後進を指導。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/

おがたこうりん【尾形光琳】とは

おがたこうりん【尾形光琳】とは|一般用語(1658-1716) 江戸中期の画家。乾山の兄。京都の人。大和絵をさらに革新,大胆華麗な装飾画風を大成して,世に琳派と称される。代表作「燕子花(かきつばた)図屏風」「紅白梅図屏風」https://kabu-watanabe.com

おがたこうあん【緒方洪庵】とは

おがたこうあん【緒方洪庵】とは|一般用語(1810-1863) 江戸後期の蘭学者・医者・教育者。備中の人。名は章。1838 年大坂に蘭学塾(適塾)を開き,大村益次郎・福沢諭吉・橋本左内らを育てる。62 年江戸に出て,幕府奥医師兼西洋医学所頭取。種痘の普及に尽力,蘭学の発展に貢

おがたけんざん【尾形乾山】とは

おがたけんざん【尾形乾山】とは|一般用語(1663-1743) 江戸中期の陶工。京都の人。光琳の弟。京都鳴滝に開窯。閑雅な琳派風の絵付けに,ときに詩歌を賛した独自の色絵陶器(乾山風)を作る。絵にもすぐれ,代表作「花籠図」「八ッ橋図」https://kabu-watanab

ガスガウジング(がすがうじんぐ)とは

ガス炎と酸素を使って行う溝掘り。<溶接>

おかだけいすけ【岡田啓介】とは

おかだけいすけ【岡田啓介】とは|一般用語(1868-1952) 軍人・政治家。福井県生まれ。海軍大将。連合艦隊司令長官。1934 年(昭和 9)首相。二・二六事件で首相官邸を襲撃され,あやうく難をのがれたが,総辞職。https://kabu-watanabe.com/gl
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