なかやままさ【中山マサ】とは

なかやままさ【中山マサ】とは|一般用語(1891-1976) 政治家。長崎県生まれ。1960 年(昭和 35)発足した池田内閣に女性で初めて入閣,厚生大臣として福祉充実を主張。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/06

なかやまぶんぽ【中山文甫】とは

なかやまぶんぽ【中山文甫】とは|一般用語(1899-1986) 生け花の未生流の師匠。大阪市生まれ。号,未空斎。新しい生け花を追求し,「前衛挿花(いけばな)」や「暮らしのいけばな」を提唱した。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan

鍔(つば)とは

部材本体より突き出した部分。フランジ。

なかやまとうげ【中山峠】とは

なかやまとうげ【中山峠】とは|一般用語札幌市の南西端にある峠。海抜 836m。札幌と洞爺(とうや)湖を結ぶ道路が通じる。眺望にすぐれ,冬期はスキーの適地。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0647.html

なかやまたろう【中山太郎】とは

なかやまたろう【中山太郎】とは|一般用語(1876-1947) 民俗学者。栃木県生まれ。東京専門学校卒。歴史的文献を駆使して,多くの業績をあげた。著「日本盲人史」「日本巫女史」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na

なかやまただやす【中山忠能】とは

なかやまただやす【中山忠能】とは|一般用語(1809-1888) 江戸末期の公家。明治天皇の外祖父。幕末の朝廷で攘夷派として活躍。岩倉具視らと王政復古の議に参画。日記 3 巻(1859-1868)は幕末・維新期の資料として貴重。https://kabu-watanabe.

なかやまただみつ【中山忠光】とは

なかやまただみつ【中山忠光】とは|一般用語(1845-1864) 幕末の尊攘派の公家。忠能(ただやす)の子。1863 年天誅組の首領に推され大和五条に挙兵したが,諸藩の追討軍に敗れて,長州に脱出,暗殺された。https://kabu-watanabe.com/glossa

なかやまただちか【中山忠親】とは

なかやまただちか【中山忠親】とは|一般用語(1132-1195) 平安末期の公家。藤原忠宗の子。内大臣。故実・朝儀に通じ,「水鏡」「今鏡」の作者ともいわれるが未詳。著「山槐記」「貴嶺問答」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/2

なかやましんぺい【中山晋平】とは

なかやましんぺい【中山晋平】とは|一般用語(1887-1952) 作曲家。長野県生まれ。多数の流行歌・童謡・民謡などの作品により,大衆音楽の分野に貢献。作品「カチューシャの唄」「ゴンドラの歌」「てるてる坊主」「波浮の港」など。https://kabu-watanabe.c

なかやまぎしゅう【中山義秀】とは

なかやまぎしゅう【中山義秀】とは|一般用語(1900-1969) 小説家。福島県生まれ。本名,議秀。早大卒。歴史小説や戦記物を手がけ,人生凝視の姿勢を貫く。著「厚物咲」「碑」「テニヤンの末日」「芭蕉庵桃青」https://kabu-watanabe.com/glossar
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