なかはらていじろう【中原悌二郎】とは

なかはらていじろう【中原悌二郎】とは|一般用語(1888-1921) 彫刻家。北海道生まれ。画家を志したが,荻原守衛の影響を受け彫刻に転向。代表作「若きカフカス人」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0576.htm

なかはらちゅうや【中原中也】とは

なかはらちゅうや【中原中也】とは|一般用語(1907-1937) 詩人。山口県生まれ。フランス象徴詩を学び近代の倦怠と孤独にさいなまれる魂を歌った。詩集「山羊の歌」「在りし日の歌」など。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21

なかばやしちくどう【中林竹洞】とは

なかばやしちくどう【中林竹洞】とは|一般用語(1776-1853) 江戸後期の文人画家。名は成昌,名古屋の人。医家に生まれ,京で南画を研究し,山水画に秀でる。著「竹洞画論」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0574

なかばやしごちく【中林梧竹】とは

なかばやしごちく【中林梧竹】とは|一般用語(1827-1913) 書家。佐賀の人。名は隆経,通称彦四郎。六朝の書法を探究,多数の碑拓と新書風をもたらした。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0573.html

なかはままんじろう【中浜万次郎】とは

なかはままんじろう【中浜万次郎】とは|一般用語(1827-1898) 江戸末期の幕臣。土佐の漁師。14 歳のとき出漁中に遭難したが米船に救われ,アメリカで教育を受けた。帰国後の 1853 年,幕府に登用され,外交文書の翻訳,軍艦操練所教授などを務めた。維新後は開成学校教授。ジ

ながはま【長浜】とは

ながはま【長浜】とは|一般用語滋賀県北東部,琵琶湖に面する市。戦国時代,羽柴秀吉の城下町。縮緬(ちりめん)などの繊維工業が発達。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0571.html

ながばなし【長話】とは

ながばなし【長話】とは|一般用語長い時間話をすること。また,その話。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0570.html

なかはしとくごろう【中橋徳五郎】とは

なかはしとくごろう【中橋徳五郎】とは|一般用語(1861-1934) 実業家・政治家。石川県生まれ。官吏を経て大阪商船会社社長に就任。文相・商工相・内相を歴任。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0569.html

ながばかま【長袴】とは

ながばかま【長袴】とは|一般用語裾(すそ)が足よりも長く,引きずるようになっている袴。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0568.html

なかば【半ば】とは

なかば【半ば】とは|一般用語[1](1)全体の半分。(2)ほぼ中間のあたり。「30 代―」(3)最中(さいちゆう)。「宴の―で立つ」[2](副)ある状態に半分ほどなっているさま。「―あきらめている」「―あきれ,―驚いてながめていた」https://kabu-watanab
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