なかやまただやす【中山忠能】とは

なかやまただやす【中山忠能】とは|一般用語(1809-1888) 江戸末期の公家。明治天皇の外祖父。幕末の朝廷で攘夷派として活躍。岩倉具視らと王政復古の議に参画。日記 3 巻(1859-1868)は幕末・維新期の資料として貴重。https://kabu-watanabe.

なかやまただみつ【中山忠光】とは

なかやまただみつ【中山忠光】とは|一般用語(1845-1864) 幕末の尊攘派の公家。忠能(ただやす)の子。1863 年天誅組の首領に推され大和五条に挙兵したが,諸藩の追討軍に敗れて,長州に脱出,暗殺された。https://kabu-watanabe.com/glossa

なかやまただちか【中山忠親】とは

なかやまただちか【中山忠親】とは|一般用語(1132-1195) 平安末期の公家。藤原忠宗の子。内大臣。故実・朝儀に通じ,「水鏡」「今鏡」の作者ともいわれるが未詳。著「山槐記」「貴嶺問答」https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/2

なかやましんぺい【中山晋平】とは

なかやましんぺい【中山晋平】とは|一般用語(1887-1952) 作曲家。長野県生まれ。多数の流行歌・童謡・民謡などの作品により,大衆音楽の分野に貢献。作品「カチューシャの唄」「ゴンドラの歌」「てるてる坊主」「波浮の港」など。https://kabu-watanabe.c

なかやまぎしゅう【中山義秀】とは

なかやまぎしゅう【中山義秀】とは|一般用語(1900-1969) 小説家。福島県生まれ。本名,議秀。早大卒。歴史小説や戦記物を手がけ,人生凝視の姿勢を貫く。著「厚物咲」「碑」「テニヤンの末日」「芭蕉庵桃青」https://kabu-watanabe.com/glossar

なかやまいわた【中山岩太】とは

なかやまいわた【中山岩太】とは|一般用語(1895-1949) 写真家。福岡県生まれ。東京美術学校で写真を学び,卒業後渡米。パリ滞在を経て帰国し,1930 年(昭和 5)に芦屋カメラクラブを創設する。幻想的な作風のモンタージュ写真で知られる。https://kabu-wa

なかやまいちろう【中山伊知郎】とは

なかやまいちろう【中山伊知郎】とは|一般用語(1898-1980) 経済学者。三重県生まれ。東京商大教授・一橋大学学長の他,中央労働委員会会長などを歴任。一般均衡理論ならびにケインズ理論の理解普及に貢献。著「純粋経済学」ほか。https://kabu-watanabe.c

なかやま【中山】とは

なかやま【中山】とは|一般用語千葉県市川市・船橋市にまたがる地区。日蓮宗法華経寺の門前町から発達。中山競馬場がある。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0638.html

なかやすみ【中休み】とは

なかやすみ【中休み】とは|一般用語仕事などの途中で休息すること。また,その休息。https://kabu-watanabe.com/glossary/ippan/21na/0637.html

航空障害灯(こうくうしょうがいとう)(air-craft warning light、obstruction light)とは

航空障害灯(こうくうしょうがいとう)(air-craft warning light、obstruction light)とは夜間または計器飛行状態における航空機の航行の障害となる建築物などを視認させるための灯火。地表または水面から60m以上の高さの建築物、およびこれ以外でも
スポンサーリンク