橘俊綱(たちばなとしつな)とは

橘俊綱(たちばなとしつな)とは|造園用語

[1028〜l094〕関白藤原頼道の三男、橘俊遠の養子、官位は正四位、修理太夫にとどまったが造園の才に優れた風流人。「作庭記」の中の 「高陽院殿修造の時も石を立つる人みな失せて一一宇治殿(頼通)御みずから御沙汰ありき、その時には常参りて石を立てること、能々見聞き侍りき」の見聞した人物として作庭記の作者に擬せられている。また 「今鏡」では白河上皇が当時の名園を問うたところ、石田別業・高陽院がよく、上皇の鳥羽院は地形眺望平凡、俊綱の伏見山荘を自慢している。鳥羽院をはじめ多くの寝殿造り庭園の作庭に関与したらしい。

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