み みなもとのよりのぶ【源頼信】とは みなもとのよりのぶ【源頼信】とは|一般用語(968-1048) 平安中期の武将。満仲の三男,頼義の父,頼光の弟。藤原道長に仕えた。1031 年平忠常の乱を戦わずして平定し武名を高めた。河内源氏の祖。https://kabu-watanabe.com/glossary/ip 2026.05.22 み一般
み みなもとのよりとも【源頼朝】とは みなもとのよりとも【源頼朝】とは|一般用語(1147-1199) 鎌倉幕府初代将軍。義朝の三男。平治の乱後,伊豆蛭ヶ小島に配流。1180 年以仁王(もちひとおう)の平氏追討の令旨に応じ挙兵。石橋山に敗れ安房に逃げたが,東国武士の来援を得て関東を制しつつ鎌倉にはいって根拠地とし 2026.05.22 み一般
て 電機子反作用(でんきしはんさよう)(armature reaction)とは 電機子に電流が流れることによって発生する磁界が主磁束(磁極の磁束をいう)に影響を及ぼすこと。磁気中性点が移動する。同期機:同期発電機の起電力に対する電機子電流の位相により作用が異なる。①同相電流 偏磁作用を与える. ② 90°進み電流増磁作用を与える. ③ 90°遅れ電流減磁作用 2026.05.22 て電気
み みなもとのよりいえ【源頼家】とは みなもとのよりいえ【源頼家】とは|一般用語(1182-1204) 鎌倉幕府 2 代将軍。頼朝の長男,実朝の兄。母は北条政子。幼名,万寿。1202 年征夷大将軍に就くが,北条時政らに実権を奪われた。義父の比企能員(よしかず)とともに北条氏追討を企てたが失敗,伊豆修善寺に幽閉,謀 2026.05.22 み一般
み みなもとのよしみつ【源義光】とは みなもとのよしみつ【源義光】とは|一般用語(1045-1127) 平安後期の武将。頼義の三男,義家の弟。通称,新羅(しんら)三郎。後三年の役に義家の苦戦を聞き,官許を得ずに救援に赴き解官された。のち東国を経営,武田氏・佐竹氏・小笠原氏などの祖となった。https://ka 2026.05.22 み一般
み みなもとのよしひら【源義平】とは みなもとのよしひら【源義平】とは|一般用語(1141-1160) 平安末期の武将。義朝の長男。15 歳の時合戦で叔父の義賢を殺して武名をあげ,悪源太と称された。平治の乱には父に従ったが,敗れて美濃に逃れ,のち再び入京,平清盛らを討とうとして斬られた。https://kab 2026.05.22 み一般
み みなもとのよしなか【源義仲】とは みなもとのよしなか【源義仲】とは|一般用語(1154-1184) 平安末期の武将。為義の孫。木曾次郎と称した。1180 年,以仁王(もちひとおう)の令旨に応じて挙兵し,平維盛の大軍を倶利伽羅(くりから)峠に破り,平氏を都落ちさせて入京。勢威を振るったが後白河院と対立,範頼・義 2026.05.22 み一般
み みなもとのよしとも【源義朝】とは みなもとのよしとも【源義朝】とは|一般用語(1123-1160) 平安末期の武将。為義の長男,為朝・行家の兄。保元の乱で後白河天皇方に加わった。のち平清盛と対立,平治の乱を起こして敗れ,東国に逃れる途中,尾張で殺された。https://kabu-watanabe.com/ 2026.05.22 み一般
み みなもとのよしつね【源義経】とは みなもとのよしつね【源義経】とは|一般用語(1159-1189) 平安末・鎌倉初期の武将。義朝の九男。母は常盤(ときわ)。幼名,牛若丸・九郎・遮那(しやな)王。検非違使尉(判官)に任ぜられたので九郎判官とも。平治の乱後,鞍馬寺に預けられ,のち奥州平泉の藤原秀衡(ひでひら)の保 2026.05.22 み一般